プロフィール

ゆかり

  • Author:ゆかり
  • 0歳の頃からアトピー。劇悪化して12年。1970年生まれの既婚・子無し、元看護師です。
    2005年に、アメリカにアトピー治療に行き、2007年6月、完治状態に至りました。
    現在は専業主婦です。

    同じ渡米治療をされた方のブログリンクを募集しています。是非ご一報ください。
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    レクチャー2011の4

     講演会で患者さん達が直接ドクターに質問する時間がありました。
     私がメモを取るのを忘れたので、記憶に頼って書きます。

     妊娠・出産によるアトピーの悪化についてです。
     妊娠・出産ではアトピーは悪化する・良くなる・変わらない、という3パターンがあります。妊娠初期・中期・後期・出産後の中でどこでどうなるかはなってみなければわからないそうです。
     妊娠中でも強いステロイド外用薬を使う位より内服ステロイドを安全な量で使う方がいいという事です。また出産後、母乳をあげている間はステロイド内服薬は使えないので、あまりに悪化してしまった場合は、母乳をやめてアトピーの治療をきちんとした方がいい、と言っていました。でないと子供の世話も出来なくなりますし。
     産後、女性ホルモンバランスの崩れが原因でアトピーが悪化しているのであれば、エストロゲンなどのホルモン剤で治療をする事も出来ますよ、との事。

     以上、2011年のドクターのレクチャーでした。

     今回も色んな方々との再会や出会いがありました。
     「アトピー渡米治療体験談」を書かれていらっしゃるDemyさんには初めてお会いできました。この治療について書かれているブログで更新が続いているのが数少ないので、とても嬉しく思いました。どんな方かといえば、セクシーダイナマイトでした(笑)。もうアトピーもすっかり良くなっていらっしゃって、見た目にアトピーとはわからないですね。スピーチもしてくださいました。カナダの医療事情の話は興味深かったです。手術が数年先の予約になる、とか、大変なんだな、と思いました。
     今後もブログを楽しみにしています。

     「アトピー渡米治療の記録」のayaさんは相変わらずきれいでお肌もつやつやでした。いつもネット上でやり取りしているので、ご本人を目の前になんだか緊張しちゃいました。背が高い美人さんなのです。私の少し後の治療なので、もう5年位経過していると思います。私もayaさんもおかぴーさん(多分治療後5年はたっています)も安定した皮膚を保っています。

     皆さん、是非来年、またお会いしましょう!

     今年も終わりに近づいていますね。今年もつらつら日記、お読みくださってありがとうございました。皆さんどうぞ、良いお年をお迎えください。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    (再掲)アトピーアソシエイションで一日のワークショップを開催するようです。

    詳細はこちら

    この治療に興味はあるけれど、渡米までは様々な理由からとても出来ない。自分で何とかする方法はないだろうか・・・?そうした質問を私も明石さんもたくさん今まで頂いてきました。
     私は残念ながらいつも否定的な回答しか出す事が出来ませんでしたが、明石さんはその辺りを何とか出来ないだろうか、とずっと模索してきたようです。
     幸い日本人医師で協力を申し出てくれる方が何人か出てきて、少しずつ日本での活動も出来るんじゃないか、そんな思いを具体化する第一歩的なワークショップだと聞いています。

     重度のアトピーは絶対的にきちんとした治療が必要です。でも、軽度の人なら渡米までしなくても、正しい知識と正しいケアによって回復を見込める人もたくさんいらっしゃいます。
     特に乳幼児のアトピーは、ケアの間違いから悪化させているケースもたくさんあり、また回復力自体は早いため、深刻な状態になっていなければケアだけでもあっさり良くなるケースもあると聞きます。

     私はネットに氾濫する間違った情報、メディアから流される間違った情報に強い怒りを持っています。ですから正しい知識の普及のために、明石さんの活動にとても期待しています。

     AAJのHPや私たち渡米患者のブログだけでは、いまいち知識を得るには難しいと思いますし、実際のケア用品の入手方法など、具体的な情報も必要です。
     参加費用はかかるようですが、何とか石鹸を買わされるとか、私はこれで治りました、というようなマニュアルを買わされるとか、そういったものはありませんし、そうした間違ったものを買うコストを考えれば、参加費用は十分元が取れるものだと思います。
     正しい知識を身につければ、今後、そうしたアトピービジネスに振り回されなくなります。

     渡米を考えている人はもちろんの事、渡米するほど酷くない、という人は行かれると良いと思います。
     

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    レクチャー2011の3

     レクチャーの続きです。
     主にアレルギーの話です。

    Q:アレルギー治療は何故6年間続けなければならないのですか?

    A:ドクターベイカー答え:
     研究の結果ではアレルギー注射を
    ・1年~2年続けた人は5%~10%の確率でアレルギーへの抗体が永久に出来ます。
    ・3年~5年継続した人は60%の確率でアレルギーへの抗体が永久に出来ます。但しアトピー性の患者へのアレルギー治療の研究はまだ行われていません。
     ドクターマセソンがアトピー治療の成功率を上げるために行っているものでドクターベイカーと共に治療をしています。
     花粉症の患者は3年~5年継続する人は60%の確率で症状が改善され、注射を中断しても抗体が永久に出来ます。20%の人は改善が見られるが抗体が永久に出来ないため免疫を常に刺激するために注射を継続しなればいけません。残りの20%の人は体が抗体を作らないため、症状が改善しません。
     アトピー性の患者にアレルギー治療を行なっているので、ボトルの濃度が花粉症の治療と違い効果も違うと思います。そのためにアレルギー治療の長さが違います。もし早く止めてしまってまた継続したい時にポートランドに住んでいる患者であればすぐにラッシュが出来ますが、日本の患者の場合かなり費用と時間に負担が掛かってしまうので現在の治療期間になっています。

    Q:アレルギー注射のボトルの期限、日本へ発送した場合温度差や暑い日などは大丈夫なのか?

    A:研究の結果が違ったりするので残念ながら100%の答えがないのですが、温度と期間はボトルの期限に関係はあります。
    ブルーのボトルは9ヶ月間効果を発揮しますが、それから効果が弱ってきます。温度差でボトルの効果が影響される場合もありますが、期間が重要です。
    アレルギーボトルの発送はアメリカ国内でも頻繁にしています。アイスパックと発泡スチロールの箱に入れて発送すると最低数日間は冷たい状態で送れます。
    一番危険なのが、古く放置されたボトルを打ち続けた場合、弱いボトルで体が慣れてしまって次のボトルが新鮮で効果が強いとシステミックリアクション(深刻な反応)が起こる場合があります。発送中に日本でトラブルがある場合、新しいボトルを作り直しています。

    →以前、患者さんでメーカーに問い合わせてくださった方がいらっしゃいました。メーカーの回答としては
    20度から25度まで 4週間
    30度 5日まで
    37度 2日まで
    というものでした。通常、保冷剤に包まれ発泡スチロールで梱包されています。なので、注射薬が25度以上になる状況というと、保冷剤まで25度以上の熱を持つ状況という事になるので、そう思うと今の状態なら無事手元に届いている、という解釈で良いと思います。
     ただ何らかの手違いが起こり、注射薬がダメになってしまったというのであれば、費用はまたかかってしまいますが、再度作り直して送ってもらえます。不安に思う事が起こったら、AAJにすぐ問い合わせてみてください。注射薬は期限があるものなので、自分で悩まないで相談してみてくださいね。
     時々税関で注射薬が止められる事が起こるようです。成田経由はほぼ大丈夫のようですが、西日本は止められる事が時折あるそうです。その場合はすぐに税関に連絡して、真っ先に注射薬ボトルをすぐに冷蔵庫に入れてもらうように頼んでください。(ちゃんとやってくれます)それから決められた手続きを行なってください。ボトルを送ってもらう事は合法ですので、自信を持って臨んでもらえば大丈夫です。
     国際郵便の場合、一般の人が使えるものでクール宅急便は無いようです。

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    レクチャー2011の2

    Q:下着が当たる部分に炎症が良く出る場合、どのようなものを購入したらよいですか?男女両方にお勧めの素材などありますか?

    A:大体の場合は緩めの下着が肌には良いです。擦れを最小限に抑えるのが大切です。
     素材も通気性の良い薄いコットンなどが汗を溜めにくいです。ブラジャーは擦れるような素材を使っていないものを探し、ストラップもきつく閉まらないもので柔らかい素材を使っているもが良いです。運動系の下着が大体の場合大丈夫です。

    →以前、明石さんから綿でアレルギーを起こす人もいる、と聞いた事があります。擦れないものやきつくないもの、汗を溜めないような物という項目も大事ですが、アレルギーがたくさん検査で出た人は、素材も綿以外に目を向けた方がいいかもしれません。

    Q:少しデリケートな質問ですが、性器の周りの炎症で困っている患者達も多く中々その部分が安定しません。、婦人科へ行った方が良いのでしょうか?もしこの部分に炎症が起こった場合、どのように対処したら良いでしょうか?

    A:性器の辺りの皮膚はすごく敏感で炎症などが起こりやすいです。
     衣類からの擦れや汗などが炎症の原因になっている場合が多いです。常に衣類が接触しているため、安定させるのが困難な場合があります。その部分にはハイドロコーチゾン軟膏かクリームが使えます。
     もしイースト菌などが異常繁殖している場合、フルコナゾールの内服か抗イースト菌軟膏を使う事が出来ます。炎症が酷い場合は内服のデルタゾンを使う方が敏感な肌に強い塗り薬を使うよりも安全です。婦人科は性器の中に異常がある場合、判断してくれます。

    →イースト菌ですが、パンなんかのイーストですね。これはどこにでもいる菌ですが、性器で異常繁殖するとカンジダになるという事でした。
     婦人科は皮膚科ではないので、性器の痒みは基本的には皮膚科なんです。婦人科のテリトリーは性器の中ですね。
     酷くなってしまったら薬を使って一旦抑える必要がありますが、日常では衣類のこすれや汗に注意する事が大事です。乳首のアトピーもそうですが、セタフィルクレンザーを上手に利用すると良いそうです。乳首のアトピーなんか、すぐ薬、と思ってしまいますが、実はセタフィルクレンザーが第一選択だそうです。


    Q:アトピー性皮膚炎と診断された赤ん坊や子供のケースが増えています。親として子供に出来る事はありますか?5歳未満の子供にお薬などは安全ですか?

    A:アトピーを持っている赤ん坊や子供に親が出来る一番重要なのがスキンケアと肌のバリアを保つ事です。
    バリアを保つ事によってさまざまな問題やアレルギー体質から防げる場合があります。
    2.5%ハイドロコーチゾン、TACと場合によっては内服のお薬も正しく使えば安全に治療出来ます。子供にハイターの入ったお風呂を使用すると炎症の頻度と酷さが削減されていく場合もあります。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    レクチャーの報告はまだ続きます。

    話は変わりますが、アトピーアソシエイションで一日のワークショップを開催するようです。

    詳細はこちら

    この治療に興味はあるけれど、渡米までは様々な理由からとても出来ない。自分で何とかする方法はないだろうか・・・?そうした質問を私も明石さんもたくさん今まで頂いてきました。
     私は残念ながらいつも否定的な回答しか出す事が出来ませんでしたが、明石さんはその辺りを何とか出来ないだろうか、とずっと模索してきたようです。
     幸い日本人医師で協力を申し出てくれる方が何人か出てきて、少しずつ日本での活動も出来るんじゃないか、そんな思いを具体化する第一歩的なワークショップだと聞いています。

     重度のアトピーは絶対的にきちんとした治療が必要です。でも、軽度の人なら渡米までしなくても、正しい知識と正しいケアによって回復を見込める人もたくさんいらっしゃいます。
     特に乳幼児のアトピーは、ケアの間違いから悪化させているケースもたくさんあり、また回復力自体は早いため、深刻な状態になっていなければケアだけでもあっさり良くなるケースもあると聞きます。

     私はネットに氾濫する間違った情報、メディアから流される間違った情報に強い怒りを持っています。ですから正しい知識の普及のために、明石さんの活動にとても期待しています。

     AAJのHPや私たち渡米患者のブログだけでは、いまいち知識を得るには難しいと思いますし、実際のケア用品の入手方法など、具体的な情報も必要です。
     参加費用はかかるようですが、何とか石鹸を買わされるとか、私はこれで治りました、というようなマニュアルを買わされるとか、そういったものはありませんし、そうした間違ったものを買うコストを考えれば、参加費用は十分元が取れるものだと思います。
     正しい知識を身につければ、今後、そうしたアトピービジネスに振り回されなくなります。

     渡米を考えている人はもちろんの事、渡米するほど酷くない、という人は行かれると良いと思います。
     

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    レクチャー2011の1

     11月に行なわれたレクチャーの内容です。
     わかりやすいように私なりの解釈を付け加えていきますね。
    (→で表記します)
    ーーーーーーーーーーーーーーーー 

     去年の講演会では、不正常なバリアを持った表皮は遺伝子に異常がありフィラグリンが正常に機能していないという事を公開しました。今年の2月、英国皮膚科ジャーナルに88人の赤ん坊を使った研究でも発見しています。
     今年の4月、アレルギーと免疫学ジャーナルにもう一つの種類のバリアが正常でない事を発見しました。この層の方が重要度は高いかもしれません。表皮から次の層で密着度が高い結合体の部分を示しています。この結合体が水分やさまざまな物質の通過を制御しています。アトピー性の患者は結合体を作るたんぱく質が不足しているので隙間を作ってしまいます。その隙間から水分が抜け、肌が乾燥し、外部からのアレルゲン、ダニ、埃や花粉などが直接肌を貫通した後、アレルギーの症状が出てしまいます。

    →フィラグリンの話はNHKでも取り上げていましたが、アトピーの人の問題点はフィラグリンだけではななかった、という事ですね。
     もう1つの種類のバリアも来年にはきっと、もう少しはっきりした事がわかると思います。

     これらの発見が空気中のアレルギーの重要性を示しています。
     皮膚が不完全なバリアを作っているため、外部からのアレルゲンが直接貫通する事によってアレルギー体質になるだけではなく、炎症も起こす事があります。さまざまなアレルゲン(埃、ダニ、カビ、花粉など)が表皮の下の結合体を貫通してしまうとIgEの反応を起こし、ヒスタミンが出てしまい赤みや痒みの原因となります。抗ヒスタミン剤は空気中のアレルギーから起こる炎症をコントロールするために使います。

    →アトピーはアレルギーを悪化させ、アレルギーの悪化によってアトピーも更に悪化させる、という悪循環になるため、抗ヒスタミン剤は大事だよって事ですね。

     メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の治療と予防のために発行されたThe Prescriber’s Letter の記事に新たな抗生物質の投与方があり、この方法は治療中にも対抗性のあるバクテリアを持っている患者に使っています。
     最近、正式に推奨されたバクテリア対策の方法がムピロシンを1日2回鼻の穴に塗り、皮膚のバクテリアをコントロールするために漂白剤は入れたお風呂に入る事で、これらは私たちの治療で何年か前に始めたものです。

    →私達の治療の中に鼻の穴にムピロシン(抗生物質の名前)を塗る、ハイターのお風呂に入る、というのがあります。この効果について疑心を持っていた人もいたと思いますが、これがアメリカで(日本の病院の多くにいると言われている)MRSAの治療と予防に正式に推奨された、という事です。
     つまりドクターマセソン一人が考案した奇妙奇天烈な方法などではなく、有効性を認められた正しい治療法、という事が公になった、という事ですね。

    Q&A

    Q:ヘルペスの症状に関してはアサイクロビアを使ってコントロールするように指示されますが一度ヘルペスを持ってしまうと一生アサイクロビアを使う用になりますか?
     日本ではL-Lysine(リジン)と言うサプリメントがヘルペスの発症を抑える効果があると言われていますが、アメリカでは実用されていますか?

    A:アサイクロビアは抗ヘルペス剤であって、少ない量でヘルペスが発症しないように抑え、多い量でヘルペスの症状を治療します。一生使わない場合もあります。大体のケースは1年間の単位で使用して、小量のお薬でヘルペスが1年出なかった場合、次は発症した時のみにお薬を使う方法があります。

    →アサイクロビア(アシクロビル)は少ない量なら発症予防、多い量で出てしまったヘルペスの治療をする薬となります。ヘルペスを封じ込めて一年発症がなければ、薬は切って様子見、次からはまた再発してしまった、という時だけ使う事もあります。

    L-Lysine(リジン)はもう30年以上前からあるもので新しいものではありません。但し正式な研究や記録で良い効果を示したのは見た事ありません。まだリジンがヘルペスの会話に出てくるのは驚きです。

    Q:日本に帰った後、スキンケア以外で肌の安定に繋がる方法はありますか?肌が安定するスピードを上げるためにはどうしたらよいでしょうか?

    A:スキンケアも当然ですが患者がすでに知っているトリガーを慎重に避け、新たなトリガーをもっと慎重に探し、避ける事が重要です。皮膚をトリガーから避けるか最小限に抑えることによって炎症を出させない事が出来ます。肌が安定している期間が長ければ回復のスピードも上がり、もっと安定する肌に繋がります。

    →スキンケアとトリガー探し、頑張りましょう!

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     まだ続きます。

    他の患者さん8-3

     続きです。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     渡米後、初めての診察。
     同じチームの皆は注射の指示でしたが、私の場合、点滴で具合が悪くなった経緯があった為1人だけ内服に。やはり、他の皆の改善具合は明らかでした。日に日によくなり、3日経つ位には、顔の赤みすら消えていました。
     しかし私はその変化を自分で感じることができずにいました。
     そして、疑問も沸々と湧いてきて、同じチームのメンバーに訳して貰い、直接ドクターにぶつけました。時間と費用と家族の犠牲を払ってここに来ているのに何の成果もないまま帰る訳にはいかないと強く思っていたからです。ステロイド使えば良くなるのは当然、抗アレルギー剤飲んでいれば悪くならないのも当然と。
     ドクターは優しくそしてじっくりと説明を重ねてくれました。セルフケアの重要性や、トリガー探し、除去の重要性、抗アレルギー剤、注射の必要性を。皮膚の状態は帰国する頃には殆ど出なくなっていたのに、ドクターの仰る内容は正直全ては理解、納得していませんでした。
     ただケアホームで過ごした1カ月は、3食昼寝付きの家事、育児からの解放、買い物、外出・・・。天国でした。

     帰国後、すぐにショートバースト。これは仕方ないと思っていました。日本の空気やトリガーに当たって予想されていました。
     しかし渡米して初めての春を迎えたときにも反応。この時は正直凹み、やっぱり、治らないじゃん。と自暴自棄になり、ゆかりさんや明石さんに投げ遣りな発言をしてしまいました。しかし、お二人とも、「結果を出すのはまだ早い。まだ治療の途中だ」と。
     そこで少し思い直し、そうだ、何十年も苦しんできた状態が数カ月で治るなんてある意味信用ならないかも。せめて目安の1年やってみても良いんじゃないかと。

     それから、半年経つ位から、炎症が起きれば全身だったのが、部分として自覚されるようになり、何のトリガーに反応しているのかが解るように。そうすると、接触を避けたり、注射の必要性も理解できます。それから新しい皮膚が生まれてくるためのセルフケア。炎症を起こさないようにする事と強い皮膚が生まれるためのケアを同時に行う。これがドクターが言っていた治療の柱だと、その時初めて理解しました。
     何かに反応して炎症が起きても対処できる、どうしても鎮火しない時は信頼できるドクターがいる。投げてしまいたくなった時、支えてくれる明石さんがいる。こうしてこの治療の普及の為、一生懸命活動しているゆかりさんもいる。今までやってきた治療のように、孤独な戦いではない。良くなってもまたいつ悪くなるか解らない不安な出口の見えないトンネルのような治療ではない。これははっきり言えると思います。
     たった1カ月の治療で今までの人生観を変える位の大きな経験でした。

     それと改善した今、喜びとして実感しているのは、今まで流れ作業のようにしていた子育てに真剣に向き合えている事です。
     こんな事子供に言ったら怒られそうですが・・・。其々年齢も違い、抱える問題も様々ですが、向き合う対象が、アトピーで辛い自分ではなく、今、問題を抱えている子供。として向き合える事は本当に有り難い変化だと思います。
     感情的にぶつかり合うのはしょっ中ですが、私が報われない当てつけではなくストレートに子供に向き合えているので、この掛け替えのない時間を大切にしたいと思います。
     一番下の子はもう年中さんですが、今まで抱きしめる動作も苦痛だった反動でしょうか、毎日「抱っこしてあげる」と私から寄って行っています。最近は子供のほうから「もう、いいよ。」と言われ、悲しくもあります。上の二人は、「いいな。○○だけ。」と僻んでいますが・・。
     こんな状況を母も天国で笑っていそうです。

     もう一つ。
     これは、夫婦の事ですが。実は、治ったらやりたい事として渡米前に宣言していた事ですが。もう一度、結婚式をやりたいと。
     十数年前に挙げた式はアトピーで苦しんでいた時で、早く終わって欲しい位にしか思えませんでした。
     そして、贅沢かもしれませんが、プロポーズの言葉をもう一度聞きたくて。
     良く、ドラマのワンシーンでも、「幸せにする」という言葉、使われますよね?家にはこれはありませんでした。今更ながら、先日、意を決して理由を聞いてみました。
     すると、当時、幸せにする=アトピーを治す事、と考えて、そんな軽はずみに言えなかったと主人は言いました。アトピーは精神的なストレスも要因になる事から、職場での悪い環境、待遇の一因は自分にもあった。それを考えたら言えなかったそうです。そうとは知らずに私は、何て男気の無い人なの?と勝手に思っていました。
     それが分かった今、来年予定している結婚式、とても楽しみです。アトピーが改善された今、私達夫婦、家族にとって新たな1ページが始まろうとしています。

     こんな心境になれる機会を与えてくれた家族、ドクター始め、治療をサポートして下さった奈美子さん、晃平さん、明石さん、ゆかりさん、関わって下さった全ての人に感謝します。本当にありがとうございました。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    Mさん。ありがとうございました。

     帰国後の悪化の時、メールを頂いたのを覚えています。同じ治療チームだった人たちが順調に経過してしまったせいもあり、比較してしまって「どうして自分だけ」という気持ちになってしまう、という事が書いてありました。
     私は治療がほとんど一人だったせいもあり、比べる事がなかったですが、複数になるとどうしてもそういう気持ちになってしまう人がいる、というのは明石さんから聞いた事がありました。また彼女の病歴からそう簡単には治らない事は渡米前からある程度予測されていた事ですが、人間、頭と心は結構別なものなので、Mさんも動揺してしまったのだなぁと思いました。
     それだけに今回講演会でお会いできるのをとても楽しみにしていました。
     で、再会した彼女は、すっかりきれいになり、おしゃれをして、堂々とみんなの前でスピーチをしてくださいました。去年の不安そうな、声が小さそうな雰囲気とはまるで別人のようでした。
     とても嬉しかったです。

     スピーチの中で、ついついみんな比較しがちですが、病歴が様々なので、経過は人それぞれ。治療も人それぞれなので、ドクターを始めとするAAJとの関係を一番に考えてください、というような事をおっしゃっていました。同感です。

     すぐに結果が出る事を望んでしまいがちですが、そうでない事もあります。それでも間違った事をしているのではないので、とにかく辛抱強く治療を続けた人が結果を手にしています。体の回復に時間をあげて欲しいと思います。

     まだMさんも完治状態には達していませんが、もう峠は越えたような感じでしたので、あとはじっくり回復してくると思います。とても嬉しく思います。

     Mさん、こうしてご自身の経験を書いてくださり、ありがとうございました。

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    他の患者さん8-2

     続きです
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     仕事を辞めたからといって症状が落ち着くはずもなく、アトピーは酷くなる一方でした。それからはアトピーに良いといわれるものは全てやり尽くしました。水、クロレラ、塩、漢方、食事・・・。
     そこで行き着いたのが、温泉でした。
     それからは自宅で湯治の毎日。とにかく時間がある限り休憩入れながら入り続けました。一日最低3時間。そんな中、妊娠。嬉しくもありましたが、こんな状態での出産に不安もありました。
     そして結婚式。湯治中なので、必然的に脱ステ状態で、酷い状態のまま臨むしかありませんでした。主人の仕事の関係上、披露宴の延期はできませんでした。皮膚の症状を落ち着かせるため、数日前からステロイドを塗り、本番を迎えました。妊娠に伴う体調不良とじわじわくる痒みに耐えながらの結婚式でした。
     その後も湯治を続け、第一子出産。生まれてからも大変でした。慣れない育児と格闘し、睡眠も儘ならず、その間に、家事と湯治をする事は、今から考えても良く思い出せない位必死だったと思います。泣いている子供をあやす為、抱き上げようとしても浸出液で皮膚同士がくっつき、伸ばせば切れて血がでる。子供を抱っこする、それだけの労作に時間を要し、こんな事すら出来ない母親なんて、私なんて存在する意味があるのか?と自分の境遇を呪い、涙がこぼれました。
     しかし、毎日、湯治を続ける事1年半。改善の兆しが見えました。そこからは、どんどん回復し、職場復帰も果たしました。調子も良く過ごせていたので2人目の妊娠中も特にトラブルなく過ごしました。ところが、出産後、坂を転がり落ちるように悪化し、湯治をしても変化を感じる事は出来ませんでした。
     一度良くなったものが再度悪くなるというのは、精神的にもかなりのダメージでした。何をしてもダメ。全てのものが信じられず、人の顔を見られない、外出したくない。外に出れば、風が吹いただけでも顔がヒリヒリし、真っ赤な私の顔を怪訝そうに見る他人の眼。死んでしまいたい。本気で思いました。おしゃれをして、化粧して、着飾って、女性ならやりたいと思う事が何もできない屈辱は辛かったです。子供達にも1歳を過ぎるまで症状が出ていたので、すれ違う面識も無いような人から「お母さんがアトピー酷いから赤ちゃんもでるのね。可哀想。」と声を掛けられる度、自分のせいで。好きでこんな体になったんじゃないのに。と自己嫌悪とやり場のない怒りに苛まれそうでした。
     しかし脱ステを続けちょっと症状が落ち着いた時、3人目の妊娠が解りました。最後の出産のつもりで、自宅出産を決めました。実家の母に手伝いに来てもらうつもりで。
     ところが、あと2週間で予定日、というある日、突然母は亡くなりました。私に何も伝えずに・・。動脈瘤の破裂でほぼ即死の状態でした。母は教諭で現役でした。私は、1人っ子で両親が共働きだったことで、幼い頃からカギっ子。喘息での入退院も頻繁で、母と遊んだ記憶が殆どありません。そんな私にとって、母が数年で退職した後は旅行の計画や子供達の成長を一緒に見て欲しいと本当に望んでいました。それが突然の別れ。納得出来ないまま出産を迎えました。無い力を振り絞って産み落とした。そんな感じでした。

     そうして子育てや日常に追われる中、アトピーは何をやっても治らない、治らない私に何らかの問題があって、それは諦め、自分のキャラクターとして付き合っていくしかないと思っていました。
     そんなある日、本の検索をしていた時、たまたま明石さんの著書が目に入りました。その解説に引き込まれるように購入しました。読んでいる内にこれは私の事か?と錯覚するほど背景が共通していて、とにかく会って話を聞いてみたい。そう思い早速連絡をとり、会いに行きました。
     明石さんから語られる内容全てが目から鱗の話で、頭では納得できても、様々なアトピービジネスで傷ついた心は当然簡単に納得できずにいました。しかし、同席した主人はアメリカ治療の理論に理解を示し効果を確信していました。私は、今までやってきてダメだったものが、そんな簡単に治るはずは無い。きっとステロイド漬けにされるか、一瞬の効果だけなのだろうと、疑いを拭えませんでした。でもその治療を知って、ダメ元で行ってみたいという気持ちも日々膨らみました。主人は治る理屈が解っているのに迷う必要は無いと後押ししてくれました。父も子供達の世話をしてくれることになりました。私は、直前に予定されていた講演会を見に行って、最終的に決めようと思いました。そこで見たのは、治療後の皆さんの晴れ晴れしい笑顔でした。結果がどうこうよりも、その笑顔こそこの治療の成果を証明していると感じました。そして、治療を知って2カ月足らずで渡米しました。行きの飛行機の中では、乾燥し、傷ついた肌を見つめ、これから受ける治療に不安と期待を巡らせました。

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    他の患者さん8-1

     講演会の内容をアップしようと思ったのですが、メモを取りきれなかった部分を問い合わせしていますので、もうしばらくお待ちください。

     ミニスピーチをされた女性がアトピーに悩む方々に向けて経験を書いてくださいました。
     私は去年、この方がご夫婦で講演会にいらっしゃったのでお話しました。治療後の女性の患者さん達でおしゃべりに花を咲かせていた所にいらっしゃって
    「治るか心配・・・」
    とおっしゃっていたのに
    「あら、大丈夫よ~~」
    と治療後組が大きく返したのを覚えています。それでもご夫婦で何となく悲愴な感じが漂っていたのを覚えていたので、今回、お二人がとても明るくなり、ご主人もAAJの協力医師として手を上げてくださっているというのが講演会でわかり、治療が大きな大きな転換点になったのだなぁと実感して、とても嬉しく思いました。

     長くなりましたが、ご本人から。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
     37歳 主婦(看護師)1歳半から喘息、アトピー発症


     アメリカでの治療を終え、丁度1年経ちます。
     今は治療前と違う目線で物事が見られます。景色が違うというか、それを楽しむ余裕が出来たからだと思います。自分の変化に勿論、喜んでいますが、一番驚いているのも自分自身だと思います。 

     私のアトピーは幼少期には、所謂、汗のかきやすい場所に限定して見られていました。学生時代は殆ど症状を気にする事なく過ごせました。
     ところが、喘息の方は改善することなく成人まで持ち越す事になりました。
     その中で、高校生の時、喘息の重積発作を起こし入院。その中で、ステロイドの大量投与を受けました。喘息の治療の中ではスタンダードな事なので仕方ないのですが、この時の副作用でかなり苦しみました。
     自覚症状として、喘息の症状は落ち着いているのに、すぐに止められないとの理由でステロイドの点滴を継続されました。数日続けている内に全身に脂漏性湿疹のような小さなニキビのような湿疹が広がり、顔は腫れ、尿が出なくなり、食欲も無くなり、明らかに薬の副作用でした。ベッド上安静を強いられていたので、1週間もするころには、トイレに立つのも困難な程、体力が無くなっていました。医師が2週間経って通学を許可してくれた時には人前には出られない、出たくない程、湿疹だらけ、体重は一気に7kg減り、筋力が衰え、少し歩くだけでも息切れするようなとても高校生には見えないような状態になっていました。

     この時の経験から、ステロイド恐怖症になりました。
     勿論、副作用もありますが、他の人に比べ過敏に反応してしまうのかもしれません。看護師になって、1年位は調子も良く、主人との出会いもありました。ところが当時の看護師の環境はまだまだ女の園で、研修医と新人ナースの付き合いは歓迎されるハズもなく、壮絶な嫌がらせの毎日でした。
     様々な環境の変化やストレスから喘息も酷くなり、また発作を繰り返すように。そして、酷い発作を起こし、またステロイドを使う事に。その時は、前回の時とは違う出方でしたが、全身が赤くなり、浮腫んだようになりました。ここではっきり、ステロイドに反応している、と自覚しました。その時を境に、今まで治まっていたアトピーの症状が出始め、それは全身に広がりました。顔は常に粉を吹いたようにカサカサ、肘、膝の関節は浸出液でガビガビになり、仕事自体が困難になりました。
     精神的なストレスもアトピー悪化に拍車をかけたと思います。ちょっとの空き時間があれば、トイレに駆け込んでステロイドの軟膏を塗りまくりました。立場が逆ですが、患者さんの所へ行って泣き、励ましてもらうような情けない状況でした。仕事は好きでずっと続けたかったのですが、泣く泣く辞めざる得ない状態でした。

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