プロフィール

ゆかり

  • Author:ゆかり
  • 0歳の頃からアトピー。劇悪化して12年。1970年生まれの既婚・子無し、元看護師です。
    2005年に、アメリカにアトピー治療に行き、2007年6月、完治状態に至りました。
    現在は専業主婦です。

    同じ渡米治療をされた方のブログリンクを募集しています。是非ご一報ください。
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    セタフィルクリーム

     先月購入して気に入ったもの。
     セタフィルのクリームです。

     私はすごく乾燥しやすい体質みたいで、今でも冬はワセリン使っているんです。
     渡米中は毎回ドクターに乾燥を指摘されていました。自分では頑張って塗っていたつもりだったのですが、駄目でしたね。今はケアホームのカウンセラーの方の指導が良く、みなさん保湿がしっかり出来るようで、滞在中も乾燥して、という話は聞かないです。
     皮脂の出が良い人は、渡米中に早くもプラスティベースが重くなり、ローションタイプの保湿剤に移行するようですね。肌の状態に合った保湿剤にしていかないとニキビになっちゃったりするそうです。すごい人は帰国後、保湿剤自体ほとんど不要になる人もいるみたいで。。。こうなると、アトピー自体が本当に存在していたのか、後に知り合った人はわからなくなってしまうでしょうね。
     私の場合は体質的に強い乾燥体質みたいです。だから夏場でも絶対保湿剤が要ります。塗っていない場所があるとそこからトラブルが発生する事が多いので塗りむらにも注意が必要です。夏場は汗を落とす事が私には最重要のためシャワーの回数が増えるので、どうしても皮脂が落ちちゃうんですよね。その分、保湿剤で毎回補っています。
     去年はワセリンのロッキングローションを使っていましたが、今年はそれではちょっと足りず、夏でもワセリンと組み合わせていました。
     この製品を買ったのは、たまたま洗剤が無くなったので購入した際、送料無料までにするのにどうしよう、と商品を探していたところセタフィルのクリームを発見。試しに購入してみました。
     すごく良かったです。ワセリンみたいにべた付かず、塗った後もサラッとつるっとしています。塗り広げるのが簡単で、なおかつ意外と取れにくいです。私は顔も塗っていますがOKです。かなり気に入りました。
     セタフィルは良い商品が多いですね。セタフィルクレンザーはドクターから渡されるほどの品ですし。そうそう、アトピーアソシエイションで作っていたバクトロウォッシュ、在庫終了となっていて残念でした。バクトロウォッシュはセタフィルクレンザーとほとんど同じものですが、使用感想としてはバクトロウォッシュの方が液の安定性が良くて気に入っていました。セタフィルクレンザーは時々水みたいのと分離しちゃったりしましたが、バクトロウォッシュはそういった事がありませんでした。セタフィルクレンザーよりも使用量が少量で済むようにも思います。なのでセタフィルクレンザーの値段によりますが、コストパフォーマンスは日本で購入するならバクトロウォッシュの方が上の事もあるかもしれません。
     セタフィルローションは私は使った事がありません。でも評判いいですね。何と言ってもドクター推奨ですから安心ですし。

     それにしても夏場もローション移行できなかったので、これからはなかなか難しいのかも。トシ、なんだろうと思います。。。
     でも皮膚の状態に合ったものがあるので、つるつる肌は維持できています。特に問題なしですね。
     自分に合ったケア商品がわかっているので、もうジプシーの苦労は無いです。

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    高齢者の最後3

     ちょっと重いテーマで、書いていても暗くなるので終わりにしたいと思いましたが、これをやっぱり書いておこうと思いました。
     書こうかどうしようか、一年も迷ったものです。

     高齢でアトピーが重度の患者さんを見た事があります。詳細はよく知りませんが、見るだけで十分でした。
     その患者さんはもう呆けてしまっていました。
     アトピーの状況は全身アトピーでシーツの上もベッドの下も剥がれた皮膚が散乱している状況で、ものすごく乾燥していました。皮膚の色はもう黒ずんでいて、細く、枯れ枝のような体でした。
     点滴が必要な患者さんでしたが、留置した針を留めるためのテープが皮膚にもうくっつきません。なので上から包帯を巻いて止めなければなりませんでした。胃チューブが鼻から入れられており、また痰がもう出せないので、気管切開をしていました(一度、どんなものか検索してみてください)。気管切開していると、痰を取るために数時間おきに管を入れて吸引しなくてはなりません。苦しいものです。そして気管切開をすると、発声は出来ませんから、もう苦しみを伝える事は出来ませんでした。もちろん尿の管は入っています。きっと体のあちこちが痒いのでしょう。始終むずむずしていて手を動かして危ないので(点滴の針も固定されていないし、管がたくさん入っています)、手にミトンをかぶせて、ベッド柵に縛ってありました。
     主治医は「皮膚科医」でした。

     私の看護師としての経験の中で、何人か「これは地獄だな・・・」と思った患者さんがいらっしゃいます。この方はその一人です。私はアトピーの痒みや痛みを体験しているので、余計に苦しく思ったのかもしれません。 
     呆けていた、と書きましたが、本当は発狂していたのかもしれません。

     私が「完治状態を」と強く望むのは、この患者さんを見たというのも理由の一つだろうと思います。

     アトピーが治らないまま高齢になったらどうなるのか?それを考えた事がありますか?

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
     あまりに暗いので、ちょっと笑えた話。

     知り合いの友達の話。
     お父さんが80歳ほどで亡くなったという事でした。
     そのお父さんはアル中で長年家族を悩ませ続けた人で、最後、自転車で一人、ふらふら道路を走っていて、縁石に乗り上げたか何かで転び、頭を強く打ったせいで亡くなったという事でした。
     その話を聞いた私の母が
    「まぁ、上手いこといったね~~!」
    と言いました。

     人の一生ってそんなに重く考えなくてもいいのかも、と思います。とにかく本人が良ければ全て良し、なのかもしれません。
     とにかく今現在をみんなと仲良く、明るく過ごす事に主眼を置いて、病気になったらなった時、と開き直るのも一つですね。

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    高齢者の最後2

     クロワッサンという雑誌を読んでいた時、この高齢者医療問題が取り上げられていました。それを読むとやはり欧米ではこういった事はされていないようですね。
     高齢者の胃チューブ挿入は、本人の負担が大きい、といった理由でなされないそうです。イギリス在住のナースの友人によると、老衰の場合点滴は全くなしで、やってもモルヒネ(麻薬ですが、痛み止めとして有名です。効きが良くて安くてとても良い薬です)を少し投与してくれるそうです。ですからそれはそれは安らかな最後だという事でした。モルヒネまで入れてくれるとは、驚きでした。でもすごく良いと思います。(どれだけ良い事かは、一般の人はわからないかもしれません)

     高齢者数の増加に伴って医療費の負担が増えている、と叫ばれていますが、この現状では当たり前の話です。
     
     なぜ日本ではこういう医療がなされてしまうか、といえば、「訴訟」というのが一番大きな問題です。家族から合意を得て延命治療をやめても、娘の婿などの他の親戚が後になって意見をしてきて翻してもめる(金銭目的でしょう)、そこへ司法判断がまだ医療側を敗訴にしたりするのです。そうなると病院側はよほどの事がない限り、延命処置をした方が賢い選択になってきます。
     また病院側も高齢者はよいお客様と言えます。延命処置さえしていれば、本人は意識が怪しく、家族も病院にお任せになっていて基本的に延命を望んでいないので、何が起こってももめるリスクが少ないのです。つまり、漫然と生かしておけばリピーターになってくれて、訴訟のリスクは低いままなのです。こういう所に既得権益は集まる筈なんですよね。うちの病院でも院長が「患者が足りないから入院を増やせ」と医師たちに言ったら、一気に増えたりしました。ま、それで私のお給料も出ているんですけどね。

     こういう事に疑問を持つ医療従事者は、まだまだ「異端」です。中から変わる事は私は無いと思っています。

     では自分、あるいは自分の親はどうしたらこういった事から守れるだろうか?
     それを考えると、やはり書面で延命処置に当たる事の一切を拒否する旨を残しておくのが一番いいと思います。その書面のありかをきちんと家族にも伝える事です。
     「日本尊厳死協会」という所もあるようなので、そういう所に入っておけばより明確な意思表示となって伝わると思います。
     準備は日頃からしておくに越した事はありません。本当にその時が来たら、本人がその事を伝える術は無いです。また若い人であっても実は同様です。くも膜下出血や交通事故など突然の事っていつ起こるかわかりませんから。
     病院側に伝える言葉の一つとして「看取りだけでいいです」と言うのも一つです。でもそういう場合、家族全員の合意を得て、書面で病院側に伝えておくと訴訟のリスクがないと見られて、安心して延命処置などはしないでやってくれると思います。

     クロワッサンでも取り上げられていましたが、延命処置をしないという場合に最後、末梢点滴と呼ばれる点滴だけは残すのはどうか、というふうに書かれていました。そうすれば最後、何もしなかった、という悔いが医師も家族も残りにくいから、という理由でした。でも私はこれにも反対します。最後になると血管が締まって点滴が入り辛くなるので無理に入れようとすると青あざだらけになるし何度も何度も刺されます。また臓器が丈夫な人はこれだけでも結構長く生きます。そうすると栄養状態が悪いので(末梢点滴ではカロリーがほとんど入りません)、すぐに床ずれなどが起こってくるからです。
     ただ現実的に訴訟を避けたい医療者側と、静かな最後を望む家族との間でおそらく折り合ってくるのはこの「末梢点滴を残す」という点に今の時点ではなるだろうと思います。どうせならここにモルヒネ入れてもらいたい、というのが、私の意見ですが。。。

     昨日も仕事に行ったら、人の良さそうなおじいさんが、手にミトンをかぶせられ、片手をベッド柵につながれ、点滴を入れられながらもがいていました。腰が痛いのかもしれません。でも私達にはもう、何も伝わりません。
     病院では日常の光景です。

     縛る、あるいはミトンやツナギを着せるという方法について、誤解の無いように言っておきますが、治療するなら必要な行為です。本人が呆けてしまっている場合、危険行為をたくさんします。点滴やおしっこの管を抜く、ベッドから飛び降りる、などです。看護側でも観察を続けて、危険行為が起こった、あるいは危険行為が起こりそうな兆候がたくさん見られる場合にのみ、身体拘束を家族の許可を得てします。誰にでもしているわけではありません。
     ただせざるを得ない人が多すぎるのです。
     
     私の場合、まだ書面に残すなどはしていないですし、両親の最後についても書面で取ってはいません。でも私の意思で最後は苦しまなくてもいいように医師に交渉するつもりです。その時は家族全員の署名と捺印でこちらの意思を証明しようと思っています。私が看護師なので、病院側でも信頼してくれると思います。ま、ぽっくりいってくれる可能性もありますし。死期を決めなくてはならなくなった時の罪悪感は、私は背負うつもりでいます。

     進まない医療を考えると、自衛策として何らかの手段はとっておく必要があるだろうと思います。

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    高齢者の最後1

     私は看護師で時々パートに行っていて、病棟の患者さん達と接します。
     でも、正直、なんだかなぁ・・・と思っています。

     私が勤めているのは地方病院で、400床ほどのわりと大きな病院です。当然ながら患者さんは高齢者が多いです。
     85歳を超えている方もたくさんいらっしゃいます。
     そういう患者さん達の看護をしていて思います。
     もう90歳も超えて、自宅で倒れて救急車で運ばれて、病院で救命されたけれど、寝たきりになり、点滴をされ、尿道に管を入れられ、オムツを付けさせられ、痰を出せないからといって気道に管を突っ込まれ、目の玉が飛び出るほど苦しい思いを数時間おきにさせられます。そして数日~数週間で状態が落ち着くと鼻から胃にチューブ(栄養を入れる)を留置され(これも苦しい)、長期化するようなら胃へ直接チューブ、というパターンの患者さんがとても多いです。もちろん意識はあったりなかったりで、あったとしてももう、わからなくなっています。でも、苦しいのだけはわかるので、もがいてチューブを抜いたりします。すると危険なので、手にミトンをかぶせたり、あまりに動いて危険な場合は、ベット柵に縛る、という事もしています。

     そんな患者さんたちを見ていて、私はとても切なくなります。

     その患者さん達の手が太い指先や大きな手だったり、年の割には筋肉があっただろうな、という感じだったり、女性でも血管がかつては太かっただろうな、という患者さん達・・・。おそらく戦争にも行っただろうと思います。そしてそれからは家族のために、雨の日も暑い日も寒い日も、きっと働いてきたに違いありません。
     一生懸命生きてきて、人生の最後がオムツにチューブに手を縛られ、愛する家族を疲弊させる、なんて、ご本人がそれを望んでいただろうか、と考えてしまいます。こうした今の高齢者の終末医療は拷問と一体何が違うのか、私にはよくわかりません。

     ほとんどの人がこんな最後を望んではいないと思います。
     高齢の方に聞いてみるとまずみんな、
    「ごはんが自分で食べられなくなったら、もういいな」
    「人に迷惑をかけたくない」
    という風に言います。

     ぽっくりいける人もたくさんいますし、事故死などで、一瞬で命が終わる人も大勢います。
     でもそうでない人も大勢います。

     80歳・90歳を過ぎてきて、意識が無くなったり、というのは、もうお迎えが来ているサインじゃないかと思うのです。
     ところが今、うちの病院では強心剤まで使って生きさせます。
     でもその後、どうなるか?
     もう元通り元気になる方は本当に少ないです。ほとんどは、状態が落ち着けば退院させられます。自宅だったり施設だったり。。。超高齢の親を見るのは、やはり高齢の子供たちです。

     昔は栄養を摂る手段が経口摂取に限られていたので、水が飲めない、ご飯が食べられない、となると、死ぬまでそう長くはなかった筈です。でも今は口から取れなければ点滴や胃チューブで強制的に入れる事が出来るので、水分・栄養分の不足で死ぬ事は考えにくくなりました。
     そのために介護が長期化し、医療費もいつまでもかかるようになり、現役世代の負担がひたすら増えていくのです。

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