プロフィール

ゆかり

  • Author:ゆかり
  • 0歳の頃からアトピー。劇悪化して12年。1970年生まれの既婚・子無し、元看護師です。
    2005年に、アメリカにアトピー治療に行き、2007年6月、完治状態に至りました。
    現在は専業主婦です。

    同じ渡米治療をされた方のブログリンクを募集しています。是非ご一報ください。
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    他の患者さん5-5

     連載している他の患者さんのケースです。
     渡米して治療開始です。
     
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    アメリカ、ポートランドへやってきました!!
    13時間?という長いフライトでしたが、苦痛ではありませんでした。
    なんせ<希望>に満ちていますから。

    まずはアレルギーの検査です。
    私は、家族全員花粉症(アトピーは私だけ)なのですが、春に布団も干せてたし問題なかったので大丈夫だと過信していました。
    でも、AAJとゆかりさんに
    季節によって悪くなるのはアレルギーがあるからだと思います。
    って言われていたので、ちょっとドキドキしながらの検査でした。
    結果・・
    18種くらいのアレルゲン全てに反応しました。
    反応としては蚊に刺されたみたいに赤く腫れて痒くなるのですが、私はその反応も他の患者さんに比べてひどかったと思います。
    看護師さんにも苦笑いされてしまいました。
    でも、そこで私はアレルギーがひどいから初夏から悪化して冬には消えてたんだと自分が分かることができました。
    悪くなるのは汗と暑さと湿気のせいだと思っていました。
    しかもアレルギーは治療ができるということなので、ラッキーです。
    アレルギーひどくても体質を治療できるのです。

    次に待望のマセソン先生にお会い(診察)しました。
    診察では、腕と手だけが炎症がひどく後は乾燥くらいだねって言われました。
    背中も結構かゆくてひどいかと思ってましたが、乾燥程度で済まされてしまいました。
    顔も疲れと乾燥で赤みが出てたり、皮がめくれてるところがあったのですが何も言われませんでした。
    私は手がひどく、手首の所までくっきりと炎症が出てるから何か接触性のものに反応してると言われました。
    一番思い当たるのは、料理の際に毎回している綿手袋&ゴム手袋かなって思いました。
    冬場でも手袋の中は汗をかいて料理してます。
    でも、手首にくっきりと出てるのにそれだけで接触性だと分かってしまうのはさすがだなと思いました。
    私は、手がひどいから皮膚が弱い手首にまで炎症がいってしまうと思ってました。
    マセソン先生が、個人の身長・体重や、炎症の程度を見て調合を判断されたステロイドの注射(筋肉注射)をしてもらいました。
    すぐに効き目があるものと、ゆっくり効いて三週間ほどで体内から尿などで排出されるものらしいです。
    まずはこの注射で体の炎症を消すという事でした。
    注射、お尻にするのですが全く痛くなくて、しかも貼ってくれたバンソコがtweetyのかわいいシールだったのが面白かったです。

    ケアホームに帰宅し、これから一ヶ月生活する注意点や薬の使い方を教わりました。
    そこで初めてステファニーとマイク夫妻に会いました。
    ポートランドに到着してから何も食べてなくてお腹ペコペコだったのですが、ステファニーが
    マフィンよ♪
    と言って出してくれたチョコレートの物体はどうみてもマフィンではなく、手の平くらいの大きなケーキでした。
    さすがアメリカサイズだなぁとビックリしてしまいました。
    ケアホームにはステファニー夫妻とアメリカオフィスのおば様がいます。
    患者だけで生活するわけではないので、そういう面でも安心できました。

    ケアホームでの生活で私達患者がですること
    ①まずは睡眠。すごく大切
    ②一日二回のお風呂。かなりぬるい温度で。20分入る(皮膚に水分を入れる)
    ③お風呂から出たら三分以内にプラスティーベースを塗る。乾燥したと気づく前に一日何回も塗る。ギラギラ光るくらい。
    ④眠りがとにかく大事なのでよく眠るために、痒み止め兼の睡眠導入薬を飲むこと。
    ⑤痒くなったらためらわずに薬を塗る。(弱いものをパルス的に)
    ⑥体内のバクテリアを殺す薬を、到着して一週間だけ飲む。(痒みの原因)
    ⑦バクテリアの侵入口は鼻と掻き傷なので、鼻からの侵入を防ぐ為の軟膏を鼻に塗る。
    ・・・それだけです。
    診察は一週間に一回。
    なので一週間のうちの6日は暇なのです。
    シャンプーやボディソープ、洗濯洗剤は安全なもの(ドクター承認)がケアホームの置いてあるのでそれを使用します。
    シャンプーは頭の痒みが若干あったのですが、全くなくなって、しかも匂いがすごくイイので大好きになりました。
    洗濯は乾燥機がついているので、毎日の洗濯がすごく楽でした。
    アメリカではほとんどの家に乾燥機がついているそうです。外で干す日本のような習慣はないそうです。
    自分にどのアレルギーがあるのか詳しく知ってるから、花粉などが飛ぶ外には干さないのかも。
    テレビで私ピーナッツアレルギーなの。とかアメリカ人が言うのを聞きますが、日本ではそんなに聞きません。
    アレルギー治療が普通なことであるアメリカならではな会話だと思いました。

    二日目から昼間暇でリビングでPCを見ていると、アメリカオフィスのおば様に
    また起きてる~ご飯のときだけ起きてきて後は部屋にこもって寝てるくらいの方が回復が早いのよ!
    って言われる程睡眠が大事で・・・私は昼間暇でした(笑)


    四日目には、10本の指のうち五本が割れていたのですが、ふさがりました。
    私は肌が敏感でスキンケア用品が合う合わないがはっきりしてしまうので、プラスティーベースが自分に合うか心配でした。
    が、全く問題ありませんでした。
    油なんだけど、水分が含まれているような・・。
    ワセリンはしっとり感は感じなかったのですが、これは肌がしっとりとします。
    乾燥しているところがなくなるのが嬉しかったです。

    1週間と少し経つころには手のひどい炎症も消えてきて色素沈着が薄くなってきました。
    と、いうかほとんど目立たなくなっていました。
    掻かないとこんなに肌は回復していくんだなぁと感心。
    プラスティーベースが保護してくれて乾燥を防ぎ、乾燥しないから痒みもおきないんだと思いました。
    アトピー患者のほとんどがバクテリアに侵されているそうですが、侵されていると痒みが体中のあちこちに飛ぶそうです。
    確かに、顔が痒くて掻いたら、次は手が痒くなる、足が痒くなる・・・という感じで飛んでいました。
    それが、体の中のバクテリアはもう殺されているはずなのでそういう飛ぶ痒みがなくなりました。
    二週間目には、指輪(結婚)ができるようになりました。
    手がひどかったので、去年の秋くらいからはめれませんでした。
    治療中もしかしたら手が良くなってはめれるかもしれないと思い、持ってきてあったのです。
    嬉しかったです。
    指のしわは、炎症のせいで太くなってしまっていましたが、日を追うごとに普通のシワシワ?に戻っていきました。
    来る前は、指がほとんど割れて痛かったのに。割れる気配もありませんでした。
    顔は、こんな肌が私にあったのか!!って位プルプルして柔らかくなっていました。
    安全なスキンケア用品でこんなにも変わるんだと感心しました。

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    他の患者さん5-4

     連載している他の患者さんのケースです。
     今回からは、ブログ掲載用にまとめてくださったものを載せていきます。
     
     今回は治療前のまとめです。

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    私の渡米前の状況はというと・・・
    一番症状が悪いのが手です。
    …手がとにかく痛い。
    手の甲にも、平にも湿疹ができていました。
    指の股が痒くて掻くので股も割れてました。
    右手は指がパンパンで、指のシワはありません。
    割れたりしてて痛くてまっすぐのパーの手ができません。
    かろうじて、左手の薬指と小指がマシでした。後は全滅です。
    事務職ですが、キーボードをうまく打てなくて(打つときに指を広げるので)ゆっくりしか打てなかったです。
    次に内肘です。
    同じく痛いです。
    曲げ伸ばしに苦労しました。
    後は、顔と首が少し症状がありました。
    メイクはできますが、カサカサしてて赤みが少しありました。

    そして、夜、痒くて痒みで眠りが浅いのが辛かったです。
    11時にストンと寝ることはできるのですが、毎夜12時から2時くらいにかけて痒みが襲ってきます。
    体もカッカと熱くなり、痛みよりも痒みが勝つためどんどん掻いてしまうのです。
    当然汁も出てきます。
    そして、掻き疲れて眠る・・という感じでした。
    それが毎夜だから皮膚が回復するはずがありません。
    朝起きれば痛いので、起きるのが苦痛でした。
    痛みと共に一日が始まるのが本当に苦痛でした。
    家事も、料理・洗濯・食器洗い・・・何をするにも手を使うのでしんどかったです。
    毎年、GWが終わるくらいから悪化してくるのですが、どういうわけか冬から症状は悪くて、なので暖かくなってくるともっと状態が悪くなっていきました。

    結婚して妊娠を考えましたが、自分の体に自信が持てず、心の底ではほしいと思うけど、いらないって思うようにしてました。
    初夏から夏に劇悪化するので、妊娠出産は必ず夏がかかる為、自分がどんな風になるか想像だけで怖かったんです。
    私からできた子供は不幸だって思ってました。(治療を受けてからは過去形になりました!)
    夫と結婚する前は、私と結婚する人は不幸になるって本気で思ってました。
    プロポーズをされても、した旦那さんがスネる位断りました。笑
    自分に自信がなさすぎでした。
    本当ネガティブで、早くおばあちゃんになって人生が終わりたいって思ってました。

    渡米治療を知ったのは今年のお正月休みでした。
    私は脱ステと供にオムバスを始めて、何年か調子が良かったのですが23歳くらいのときに体をおかしくしてからアトピーも悪化しました。
    それからはズルズルとあまり良くない状態が続いてました。
    アトピーが出るところは決まっていて、悪くなるところから手・腕・首・顔です。
    その部分だけが暖かくなるとひどくなってきていました。
    足とか背中とかお腹は症状がでません。

    もう皮膚科には行きたくないので(ステロイド恐怖症)民間療法に頼るしかなくて、色々やりました。
    お金もかかりました。
    アトピーじゃなかったら、この病気にかけたお金を使って海外に沢山旅行にいけたと思います。
    なので、<医療で良くなった>と話を聞いたときに、興味を持ちました。
    とうとう医療でも良くなる時代がきたの!?って。
    どういう体質改善(ステロイドだと思ってませんw)をしてくれるんだろうって聞いたら、アメリカだと言われたのでそこでちょっと落ち込みました。
    アメリカ・・・怖い。無理だ。お金もかかる。・・って。
    私に治療を教えてくれたのはもう治療に行って二年半くらいになる方です。
    何もしてなくても普通に過ごせるって聞いて・・・とりあえず聞くだけ聞こうと思い教えてもらいました。
    結局興味が出てしまい、・・・それから、私は一気に調べました。

    彼が良くなってる前歴がある事・医療な事・医療なのにずっとステロイドを使うわけではないこと。
    そして、一番は発症してないときに妊娠すると子供に遺伝しにくいということ。
    それが決め手だったと思います。


    心の中で行く!!と決めてから夫・家族を説得しました。
    夫はずっと半信半疑で(貯金もなくなるわけだし、一ヶ月も一人になるのだし)、AAJに面談に行ってからようやく納得してくれました。
    日本じゃ治せないって事だね。って。

    家族には、今までアトピーで辛いとか弱音やグチを吐いたことがなかったため、父親に
    死ぬような病気じゃないから、もう少し考えなさい
    って言われました。
    それが一番悲しかったです。
    おおげさかもしれませんが、私は死んだような人生でした。
    友達・恋人。辛いことは沢山ありました。人間不信にもなりました。お陰で自分は汚いと思うようになってしまいました。
    アトピーのせいで、自分を信じてくれても、私が人を信じれなくなっていました。
    心もおかしくなってるのに。。。
    死んだほうが良い。というか、生きたくない。楽しいことはちょびっとで辛いことの方が大きかったです。
    私がグチを言わずにきたから、私の辛さが親には伝わってなかったんだと初めて気づきました。
    親は親なので何も言わなくても辛さを分かってくれてると思ってました。
    そこで初めて、生きていくのが辛いと毎日思ってると伝えました。
    その言葉が大きかったのか承諾してくれました。
    親にも、夫の両親にも、もし行ってよくならなくても落ち込まずにね!って言われました。
    それだけ私が必死に見えたのかもしれません。

    行ける!って決まってから、私はルンルンでした。
    結婚して一年と少ししか経ってないのに、夫と離れることは寂しい。
    でも、それよりも治療に行ける喜びの方がとても大きかったのです。
    小さい頃からの夢。
    アトピーがなくなること。
    幸せになること。
    その二つです。
    幸せにはなれたのかもしれません。
    夫と出会えて、人を信じることができました。(夫だけですが)
    でも、幸せを感じるためにはアトピーがなくならないことにはダメなんです。
    もしかしたら、良くなるのかも!?という期待を持って渡米するまで生活してました。


    手と腕がとてもひどかったので、AAJから皮膚科に行ってきてくださいと言われました。
    脱ステしてたので、薬は使いたくなかったのですが、アメリカに着くまで我慢をしなくて良いとのことでした。
    渡米一週間前にとうとう我慢ができなくなってしまったので、皮膚科に行ってステロイドを処方されてきました。
    ストロンゲストのダイアコートでした。
    皮膚科でまず塗ってくれたのですが、手はしみました。
    薬がしみるくらい私はひどかったんだぁってビックリしました。
    三日くらい塗って、腕は良くなりましたが手が相当ひどかったらしくストロンゲストを塗ってもなかなか効いてきませんでした。
    やめれるのなら渡米三日前には薬などの使用をやめたほうが良いとは聞いてたので、ギリギリまで塗りました。


    そして、桜が満開の中アメリカへ飛び立ちました!

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    他の患者さん5-3

     連載している他の患者さんの話で、これも日記からです。

     この時はアトピーアソシエイションのカウンセリングを受けた後で、治療申込みの前、という状態でした。ご家族の説得をしていらした頃です。

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    私は自分の周りの人を悲しませる為に産まれてきたのかなぁとよく思う。
    きっと前世で悪い事をしてたんだろうなぁともよく思う。

    治療を受けたいと願うにつれ、旦那さんや父に自分の気持ちを伝えないといけなくなった。
    今まで言った事なかったし言いたくなかった。
    毎日生きるのが辛いなんて。
    出来れば伝えたくなかった。
    悲しみが伝わってしまうから。
    言わなければ、ただ皮膚ガサガサで辛そうだねぇ。位で済んでたと思う。
    私が日々どんな思いで生きてるか、そーゆー思いだけは伝えたくなかった。

    父から
    気持ちをわかってなくてごめんよ。
    とメールが入った。
    悲しませてごめん。
    私は親や旦那さんや自分の周りの人を悲しませる為に産まれてきたんじゃない。本当に自分が憎い。

    病気って、症状も辛いけど心も辛いから大変だ。
    何も気にせず暮らせるようになりたいなぁ
    きっと何もなくても毎日ルンルンで過ごせるんだろうなぁ


    昨日、明石さんが
    私達はきっと感じやすいのです。
    でもそれは良い事なんです。
    と言ってくれた。
    人の気持ちに敏感で感じやすい自分はずっと嫌いだったけど、そう言ってもらえて少しだけ楽になった。
    おおらかな人になりたいなぁぁぁ

    グダグダ泣いて、こうやって書かせてもらってスッキリしたー!!さて夕飯だ!今夜はかに玉です。
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    他の患者さん5-2

     前回の続きです。
     渡米前の日記から。

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    結婚して妊娠を考えました。
    旦那さんもすぐ欲しいようでした。
    でもどーしても気持ちが『欲しい!』と思えません。私は今までの人生正直辛かったです。肌に表れる病気は気持ちがしんどかった。生きてるのは辛かった。
    自分と同じように子供がアトピーになって、同じような人生を歩むのなら…生まれてきてかわいそうだと思ってしまいます。
    現に本人が生まれて良かったと思ってないのに。

    18歳、初めて男性と付き合って朝を過ごした時。朝起きた時の自分の顔がどんなんになってるか怖くて朝方早くに一度起き、スキンケアをささっとしてまた何もなかったかのように寝てました。
    結婚しようと言ってくれた人が2人いましたが、本気で私には結婚なんてできないと考えていたので断りつづけたらフラれました。ウソでも『したいね』って言いたかったですが、本気で考えてたので言えませんでした。結婚なんて私にはできるわけないと、お付き合い中毎晩のように泣いていました。大好きな人と付き合って幸せなはずなのに。
    中学から高校卒業までアトピーがひどく毎日薬を塗っても効かなくて、朝になると掻いて傷やら汁やらとんでもない事になっているので、座椅子に座って手を回してそれを包帯で結び寝てました。座椅子に座ったまま手を後ろに回して寝るのです。
    高校に入学して、環境変化のストレスからか?顔から一気に汁が出てきました。触るといつもヌメヌメしてました。
    脱ステするまで顔が常に悪かった為、お付き合いしても真っ直ぐ顔を見て話せませんでした。彼氏の肩にあごを乗せてくっついてるカップルがいて…ものすごく羨ましかった…。私は自分の顔にゲンナリされたくなくて常に下を向いて話してました。
    異性と付き合う時、友達と自分の肌を比べる時、みんな普通にしてるのに自分にできない事が起こった時…アトピーである自分を悲しく思います。
    自分の子供がアトピーになったら、その辛さが分かる分、辛いと思います。

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    他の患者さん5

     今年の春に渡米して治療を受けた、28歳、結婚1年ほどの女性の患者さんから、治療の体験談を頂きました。
     この方の治療の動機は、「赤ちゃんが欲しい」というのが一番強かったそうです。
     病歴は、幼少時からアトピーで、それからステを塗り、脱ステは19歳からしていたそうです。毎年、5月になると劇悪化し、秋になると段々引いてきて冬の間は消えていた、とのことです。
     治療前から日記を付けていらっしゃって、それも公開してもいいと言ってくださったので、そちらから掲載していきます。

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     アトピーがある私は自分の事を『汚い』と思っています。
     小学校五年位の時、友達づたいに『Aっこちゃんのハンカチ汚いから借りれない』って聞きました。確かにその子にハンカチを貸そうとしたら断られました。私の手首には炎症が。
     また、違う子には『それってうつるの?』と恐々と聞かれたり。 『アトピーばばぁ!』と言われたり。 もちろん親には言いません。
     その頃から初めて『私は他人から見れば汚いんだ』って思うようになりました。簡単ににそう信じました。まだ小さな小学生だったのに。今、自分を振り返っててみると痛いなぁって思います。
     女子が怖くなり、単純な男子としか遊ばなくなりました。
     中学でも本当に仲良しな女子はクラスで1人でした。他人の目で自分を見るようになり、その自分はいつも汚かったです。

     それが現在まで続いています。
     家族に対しても。
     『手がひどいなぁ』って親にさわられると内心ビクっとします。『なんで触るの!?汚くないの?』って真面目に思います。
     旦那さんが私を触っても同じです。

     旦那さんが知ったら悲しむと思いますが、生まれてきて良かったと思った事はありません。別に生まれなくても良かったなと思います。それだけ、アトピーである事に対しての我慢や言葉、態度による傷が大きいです。
     無邪気な子供の頃に受けた傷は本当にとても大きいです。

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